先日、親しくしていた方が、突然、病院でお亡くなりになった。
告別式に参加し、肝臓ガンが再発し、生前、彼は子供・孫・ひ孫の一人一人に、遺言を伝えていたことが紹介された。
葬儀は友人葬で、極めて爽やかで感動的な葬儀となった。
導師は僧侶ではなく、とある宗教団体の儀典長が執り行い、爽やかな読経・唱題が終わり、地域の方が代表し、弔辞を読まれた。
これが感動的な内容で、生前、若い人たちを励まし続けたエピソードが感動的であった。参列者の中のあちこちから涙声が聞こえる程だった。
これまで、数多くの葬儀に参列したが、これほど爽やかで感動的で、参列者に励ましを贈る葬儀はなかった。
香典を求めるわけでもなく、真心こもる送り出しの光景に、布施を目的として戒名を付け、出仕する僧侶。宗教本来の在り方を考え直させるものであった。もったいぶった僧侶の読経よりも真心からの祈りを展開した友人葬の在り方に新鮮で爽やかな思いをしたのは私一人ではなかった。
葬式宗教と成り下がった既成宗教の存在を改めて問われる時代になったのではないだろうか。
毎朝、OUTLOOKを開くのが日課になっている。
平均、約200通のメール配信サービスから届く、情報。当初は“受信トレイ”のみを使用していたために、洪水状態。うんざりしていた。
そこでOUTLOOKの仕分け機能を使い、届いたメールを整理整頓。「仕分け」を始めた。フォルダーを創り、届いたはしから“仕分け”を自動的にプログラムするのだ。
これで一目瞭然。見栄えもスッキリ。
これで大事な情報については、保存も出来るし、古い情報の整理を簡単。
一方、自分がメール配信が出来ればいいなと思う事がしばしばある。それはボランティアのメンバーに情報を発信する場合だ。
毎朝、同じ仲間約100人に同時に発信するのも、OUTLOOKを使っているのだが、これが簡略出来れば、大幅な手間を省力化出来るのだが……。
■格安で手に入れ、パーツ屋でドレスアップ
今、乗っている我が愛車は“三菱ディアマンテ”だ。
この車の前はスポーツカーオンリーで走り回っていたが、約9年前に中古車で購入したものだ。
新車をに乗り換えようと思って、走り回っていたところ、知り合いの自動車屋がトヨタのディーラーを連れてきた。
単身赴任のお客が広島に帰る事になり、排気量の小さい車を買ってもらうため、今乗っている車を下取りすることになったというのだ。
それがディアマンテだった。
売値は250万と。結局競り合い、130万で手に入れた。
本来は300万の予定で新車を探していたので、170万円が浮いたということだ。考えてみると、新車を購入すれば、重量税等、あまた税金でむしり取られる勘定になる。
幸い、丁寧に乗り続け、今なお、順調である。
有り難いことに、近くにパーツ屋があり、安価でバンパーなどのパーツを購入し、ドレスアップ。
今後も、中古車で貫きたい。
■2007年、熱くなったこと
今年は最悪の年になったが、一つだけ“熱くなった”事があった。
“疵ついたバンパーではとても無理”──ディーラーの一言で、又多額の出費!と思っていたところ、朗報が飛び込んできた。車のパーツ屋なるものがあり、新品同様のものが安価で手に入るとの事。
そういえば、近くにそれらしき会社があり、早速、訪問。
業界では品揃えは随一と言われている業者だが、その日は目当ての品は在庫なし。
「しばらく待って下さい!」と。しばらくといっても、車検日は後2週間後。
それから待てど暮らせど、連絡がない。イライラの日々を送っていた。
車検前日に、業者からメールが。「お待たせしました!」と。価格も約半分。早速、品物を手に入れ、傷ついたバンパーと取り替えを。
この時の興奮は未だ醒めず。
高価なバッグがずらりと
ブランドバッグのレンタルがあるという。
定年退職するまでに、どれだけバッグを購入しただろうか。
一つ一つに思い出が刻まれている。中でも、COACHのバッグには、思い出が多い。
それは欧州旅行の際、奮発して購入したものだ。カメラマンとして、中型カメラのハッセル、そして、ライカ、ニコン数台のカメラそして周辺器具を入れても、元々、頑丈な造りになっているので大丈夫だった。
色はブラックだが、あちこちにキズもあり、色あせた部分もあるが、それがいぶし銀のような味わいだ。
未だに使用に耐えてくれている。
レンタルがあったのであれば……。レンタルを選んでいたであろう。
年金生活の中で、今後は、もっぱらレンタルだと思う。
ブランドバッグのレンタルのサイトを覗いてみると、コース、ブランド、スタイル、そして、ブランドバッグ名を選択すれば、可能なバッグの一覧が……。
長生きはするものだとしみじみ思う。
高価なバッグを占有出来る快感を味わいたいものだ。
ブランドバッグが借り放題!しかも定額!
この記事はブログルポのブランドバッグのレンタル特集の依頼により執筆。
青春真っ直中
還暦を過ぎた自分が「敬老の日」を語るなんて……。
“敬老”といえば、米国の詩人サミュエル・ウルマン作の「青春」の詩の一節を想起する。
──「ときには、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある。年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる」
要するに“青春”とは物理的な年齢ではなく、生命が躍動しているかどうか、という事だ。
ある結婚式に招かれた時だった。スピーチを頼まれ、この詩の一節を紹介したところ、意外や意外、大きな反響が。特に、年配の方々が喜ばれていた。
新婦のお爺さんとお婆さんが列席していて、「この詩に感動した……」と、詩の一節をメモって欲しいというのだ。
私の身近には、相当高齢の方がいらっしゃる。どのお方も、かくしゃくとして対話すると若者を思わせる気概だ。どの方も、前向きである。
そうした方々に、「お年寄りとは?」と、問いかけると、70代の方は「80歳以上」と、80代の方は「90歳以上」と、これではお年寄りがいないことになってしまう。
“自分は年寄り”と思っている方はいないのである。
一流の方々は、未来に向かっている姿勢に、「たかが64歳、これからだ……」と、姿勢をたださねばならない。
“心こそ大切”─真心込め花のプレゼント
「心こそ大切」だ。真心を込めたプレゼントは、高価ではないが、出来るだけ多くの皆さんに“お花”の真心を贈りたい。

この記事はブログルポの敬老の日特集の依頼により執筆しました。
カルガモ農法で無農薬
無添加といえば、沢山の思い出がある。定年前の5年間、島根に単身赴任したいた。
定期的に県内を車で回っている中に、無農薬農業で成功された方々を訪ねたことがある。出雲地方の田園地帯でお米を栽培されているNさんは50代。如何に、農薬を使わずに良い米を生産するか──これがNさんの米作りに対する情熱を燃やし続けた課題だった。
米作りは、まさに雑草、害虫との戦いだ。草取りの労力が如何に大変か、やった人でなければ想像出来ないだろう。あの中腰で炎天下で草を取る。身体を痛めてしまう程だ。
現在、草取りをしてくれるカルガモを田んぼに放っている。稲の生命力に比べ、雑草のたくましさは比べものにならない。その草と害虫を漁ってくれるのがカルガモだ。
一挙両得のカルガモ農法。省力化にもなり、余暇を利用し地域の人達に笛の音を提供され、月夜の晩には野外コンサートを開いている。
無農薬で収穫した御飯をご馳走になった事があるが、やはり旨い御飯であった。
病は食べ物から起こるともいわれる。微量であって蓄積していけば極めて恐ろしい結果となってしまう。小さな芽の段階で排除すべきである。
もう一つ、現在は町村合併で地名はなくなったがロマンチックな名前である柿木村。
ここでは、一切、農薬は御法度であった。周囲のが農薬を使えば、そこの留まらず、周りに害が及ぶ。建設業を止めここに移り住んだ知り合いの若夫婦。米づくりも素人からスタートしたが、今ではベテラン農家になっている。
近年、企業の欺瞞的商標で告発されているが、それを取り締まる当局の怠慢も問題である。せめて、安心して口に入れられる食品を提供して貰いたい。
我が家特製“てづくりブランド”
整髪料として使っているヘヤートニック以外は特に化粧品としては使用していなかった。還暦を過ぎ、定年を迎えてからは、年金生活が始まった。
我が家の財務大臣はとなると、退職金は一切手つかず。そのまま、定期預金に閉じこめ、出ずるを厳しく財布のひもを厳しく締めている。
かつてはブランドの化粧品を買いあさっていたが、近頃は、自分のオリジナルの化粧水を創作してみては私に試用させてみる。
私は人体実験の材料にされている。
グリセリン、蜂蜜、ドクダミ、ヘチマ水、ブランデー等々、適当にブランドし、冷蔵庫にストックしている。勿論、有機質ばかりの原材料。
定年から既に足かけ4年間、毎朝のシック製の髭剃り後、引きつる肌に試用液を装ってきた。
さて、その化粧品の効果はどうか──。
気がつかなかったことだが、顔だけでなく、手首付近にも使ってきた。気がつかなかったことだが、我が手を食い入るように見た、おかみさんが「随分、手が綺麗になったみたいだね……」と。
そういえば、顔も手も肌の状況は活性化したようだ。特に顕著な効能は、日焼けした手が肌白くなっていた。
高価なブランド化粧品等ではそんな効能は出ないだろう結果に、かみさんの喜びようはなかった。
この頃では、知り合いからこの“謎の液体”なるものを、分けて欲しいとの引き合いまで出てきている。これからも、この液体をとおつきあいをせねばならない。

無添加化粧品のフェヴリナ
この記事はブログルポの化粧品特集の依頼により執筆しました。
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