日記・コラム・つぶやき

2007年12月27日 (木)

この一年……

■2007年、熱くなったこと

 今年は最悪の年になったが、一つだけ“熱くなった”事があった。

 “疵ついたバンパーではとても無理”──ディーラーの一言で、又多額の出費!と思っていたところ、朗報が飛び込んできた。車のパーツ屋なるものがあり、新品同様のものが安価で手に入るとの事。

 そういえば、近くにそれらしき会社があり、早速、訪問。

 業界では品揃えは随一と言われている業者だが、その日は目当ての品は在庫なし。

 「しばらく待って下さい!」と。しばらくといっても、車検日は後2週間後。

 それから待てど暮らせど、連絡がない。イライラの日々を送っていた。

 車検前日に、業者からメールが。「お待たせしました!」と。価格も約半分。早速、品物を手に入れ、傷ついたバンパーと取り替えを。

 この時の興奮は未だ醒めず。

 

2007年9月 1日 (土)

お年寄りは一人もいない

青春真っ直中

 還暦を過ぎた自分が「敬老の日」を語るなんて……。

 “敬老”といえば、米国の詩人サミュエル・ウルマン作の「青春」の詩の一節を想起する。

 ──「ときには、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある。年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる」

 要するに“青春”とは物理的な年齢ではなく、生命が躍動しているかどうか、という事だ。

 ある結婚式に招かれた時だった。スピーチを頼まれ、この詩の一節を紹介したところ、意外や意外、大きな反響が。特に、年配の方々が喜ばれていた。

 新婦のお爺さんとお婆さんが列席していて、「この詩に感動した……」と、詩の一節をメモって欲しいというのだ。

 私の身近には、相当高齢の方がいらっしゃる。どのお方も、かくしゃくとして対話すると若者を思わせる気概だ。どの方も、前向きである。

 そうした方々に、「お年寄りとは?」と、問いかけると、70代の方は「80歳以上」と、80代の方は「90歳以上」と、これではお年寄りがいないことになってしまう。

 “自分は年寄り”と思っている方はいないのである。

 一流の方々は、未来に向かっている姿勢に、「たかが64歳、これからだ……」と、姿勢をたださねばならない。

“心こそ大切”─真心込め花のプレゼント

 「心こそ大切」だ。真心を込めたプレゼントは、高価ではないが、出来るだけ多くの皆さんに“お花”の真心を贈りたい。

敬老の日
この記事はブログルポの敬老の日特集の依頼により執筆しました。

2007年7月 3日 (火)

クマ母子との遭遇

この記事は、生活救急車協賛のブログ記事コンテストにエントリー中です。

生活救急車

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クマと遭遇

 念願の自動車免許をとりたての頃である。初めて乗るマイカーを駆って、テストドライバー気分で遠出に出た。市街地を通り抜け、やっとの思いで、中国山地にさしかかった。広島と島根の県境を縫うように走り、極めて起伏の激しい道に入った。

 余りの静けさに、休憩を兼ねて、車を降り、カメラを片手にその辺を散策していた。聞こえるのは小川のせせらぎの音。シーンと静まりかえっていた。日頃、見ない風景が一幅の名画のようにみえる充実感に浸っていた。

 ポットに熱いコーヒーを持参。おもむろに、そこに座り込んで飲んでいた。この幸せ感は、何にもかえがたいものと、思いに耽っていたその時、その辺のクマザサのあたりから、ゴソゴソと音が聞こえ、そこに実に可愛らしいクマの子が現れ、自分の方をじっと見ているではないか。

 可愛らしさに手を差し伸べ、「来い、来い……」と呼んでいた。立ち上がってみると、何と100メートル後方に親らしきクマがこちらを見ていたのである。

 クマの遭遇した恐ろしい体験を聞かされていた自分。ボンネットをちぎられたとか、ぶっつけた車の方がつぶれてしまった等々。生きた心地はしなかった。

 それからどうやって車に戻ったか覚えていないが、ドアを開けるのももどかしく、一目散に逃げるつもりだったが、バックするつもりが前へ進んでいた。ますます、母クマとの距離が縮む所を、どうやって、ギアを入れたか分からないが、必死で里に下りてきた。

 この事件(?)が、運転の自信がつくキッカケとなったことは言うまでもない。

 後日、怖いもの見たさに、現地を訪れたがクマの姿はなかった。あれから三十年余、未だに山道を通ると、あの恐怖のドライブが蘇ってくる。

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2007年6月30日 (土)

知的おばあちゃんにプレゼント

 年ごとに「敬老の日」の言葉の響きが重く迫ってくる年齢となった。

 あっという間であり、そうでもない64年間となる。

 我が父母はもういない。親しき友のおばあちゃんに、心こもるプレゼントを考えている。90歳をこえるこのおばあちゃんは、元気そのもの。毎日、新聞を時間をかけて全部目を通すという知的なおばあちゃんだ。

 じっと、家にこもることを好まず、嫁にアッシーを頼むようなおばあちゃんだ。

 時々、訪ねては対話するのだが、補聴器も使わず普通に対話が出来る。自分もかくありたいものだ。

 そうしたおばあちゃんにお似合いのプレゼントは、鉢植えの花にしようと決めている。

 「お元気で、長生きして下さい」──こう祈りを込めて贈りたい。

敬老の日ギフト&プレゼント特集 敬老の日ギフト&プレゼント特集
この記事はブログルポの依頼により執筆しました。

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